ボートレーサーという、生き方。

ご家族のみなさまへ

ボートレーサーとその家族

ボートレーサーの家族紹介
加藤選手が「レーサーになりたい」と言い出した時、
どのようにお感じになりましたか?
小柄な体格を活かせるプロスポーツとして、競馬の騎手やオートレーサー、そしてボートレーサーのようなものがあることは私も知っていました。ですが、実際に自分の息子がそれを目指すことになるとは想像もしていませんでしたから、本当に驚きました。 政彦は小さい時から体を動かすことが好きな子でしたから、驚きはありましたが、すぐに応援する気持ちになれました。
その時、加藤選手にはどんなことを話しましたか?
プロスポーツは実力がすべてです。もちろん、どんな仕事でも大変だと思いますが、プロスポーツは、より強い忍耐力と人一倍の努力が必要だと話しました。 また、モータースポーツですから、怪我などの危険もあると思いましたので、「自分のことについて気を付けるのはもちろん、競走相手のことも考えてほしい」ことを伝えました。
そして、いよいよやまと学校へ入校。
加藤選手とは在校時、どのようなコミュニケーションをされましたか?
やまと学校では、平日は外部と連絡を取ることが緊急時以外できませんから、入学してから2か月間は手紙のやりとりをしていました。政彦の素直な気持ちが書かれたそれは、今でも私の宝物です(政彦本人は『捨ててくれ!』と言っていますが・・・)。 久しぶりに帰郷した時には真っ黒に日焼けしていて、たくましくなっている様子で思わず涙が出そうになりました。 また、訓練参観の時に私たち家族は前日から宿泊し、朝から養成員の生活の様子や課業を見学できるのですが、ハキハキとしたあいさつ、キビキビとした動きにはとても驚かされました。政彦だけでなく、すべての生徒さんが同じでした。そのインパクトの強さは、帰宅してしばらくは何も手につかないほどでした。 ここでの一年間を乗り越えた政彦は、強くたくましく、大きく成長したと確信しています。
加藤選手は、今やプロのボートレーサー。
あなたにとって、どんな存在ですか?
もともと持っていた優しい心や親孝行な面は、まったく変わっていませんが、レーサーとして活躍する今の姿は、私の生きがいです。大勢の皆さんの前でレースに出たり、新聞やテレビに出る機会も出てきましたが、それを見るのも楽しみです。
加藤選手に、プロとしての自覚を感じる面はありますか?
もともと、大学と社会人を経てのレーサーデビューですから、30歳に手が届く年齢です。年齢にふさわしい、大人になっていると信じています。また、体重を自分でコントロールするなど自分の体調を管理することについては、プロとしての自覚も出てきているように感じます。
加藤選手がボートレーサーになったことで、
お母様自身に変化はありましたか?
レジャーチャンネルを見る機会が増えた分、一般のテレビ番組を見る機会が減ったかもしれません。政彦が出場するレースが開催されている時は、録画をしてレースを見たり、携帯で結果をチェックしたりしています。 時間があるときは、直接会場に応援に行くこともありますが、親ですからやっぱり心配はなくならず、ドキドキしながら観戦しています。ですが、息子の雄姿を見られる機会があることに、幸せを感じています。
このページを見ている、レーサー志望者のご家族の方に、
メッセージをお願いします。
「レーサーになりたい」という思いだけで通用する世界ではないことは、政彦のデビューで痛感しました。また、日々の努力が報われないこともあるのが現実です。 でもどうか、長い目で見守ってあげてください。いつか努力が花開くこともあります。 また、レースで走っている姿は本当にかっこいいです。特に、先頭を走っている時は最高です!一緒に、喜べる瞬間がそこにあります!
富樫選手が「レーサーになりたい」と言い出した時、
どのようにお感じになりましたか?
真っ先に、「なぜボートレーサーなの?」と思いました。よくわからない世界でしたが、モータースポーツですから怪我などの危険性や、厳しいプロの世界などが頭に浮かび、猛反対しました。大学に進んで、普通の就職をしてくれるものだと思っていましたし、ましてや女の子ですから・・・
その時、富樫選手にはどんなことを話しましたか?
麗加は小学校から女子校で育ちましたから、勝負の世界とは無縁と思っていたことや、男性と対等に戦わなければいけないこと、怪我などの危険が常に付きまとう世界であり、あなたが飛び込むような世界ではない・・・などを言い聞かせました。 しかし数年経っても、娘の気持ちに変わりはありませんでした。 ついに私も折れて、「大学は卒業すること」「一度は、一般企業の内定を取ること」を条件に、やまと学校の受験を承諾しました。
そして、いよいよやまと学校へ入校。
富樫選手とは在校時、どのようなコミュニケーションをされましたか?
最初の2か月は、環境になかなか慣れず大変な様子でした。 娘との会話は、1週間に一度、日曜日の電話だけ。それ以外は手紙でのコミュニケーションしか方法がありませんでした。今まで娘と手紙のやりとりをしたことがありませんでしたが、意外にこれが新鮮で、心が通じ合えたような気がしたものです。 女子校育ちでしたが厳しく育ててきましたので、規律正しいやまと学校の生活は無理なく受け入れられたようでした。しかしボートの知識や技術は初めての体験で覚えることが多く、時間が足りないとよく言っていました。
富樫選手は、今やプロのボートレーサー。
あなたにとって、どんな存在ですか?
いろいろありましたが、麗加は私たち家族の自慢です。 プロの世界はやはり非常に厳しく、娘も今それを痛切に感じていることだろうと思っています。ですが、私たち家族はいつだって麗加を応援しています。娘を通じて、さらに家族全員が強い絆で結ばれたと感じています。彼女は、私たちの生きがいです。
富樫選手に、プロとしての自覚を感じる面はありますか?
昔から「目配り」「気配り」「心配り」に気を付けるように教えてきましたが、プロになって、それがさらに成長して周りの人に瞬時に配慮できるようになったと感じています。私たち家族に対しても気遣いができるようになったことが、大きな成長と言えるでしょうか。
富樫選手がボートレーサーになったことで、
お母様自身に変化はありましたか?
まったく知らない世界でしたが、娘の仕事を少しでも理解しようとインターネットなどから情報を得て学ぶようになりました。周りの友人もボートレースにはまったく縁がない人ばかりでしたが、私の影響か、最近では興味を持ってくれるようになったようです。
このページを見ている、レーサー志望者のご家族の方に、
メッセージをお願いします。
最初は私も猛反対していましたが、今では娘を誇りに思い、心から応援しています。考えてみれば、自分の意志を貫き通すことは、とても素晴らしいことだと思います。子どもの夢を最もよく理解できるのは、私たち親なのです。ですから、お子さんを信じ、応援してあげてください。

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